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日本の鉄道変遷

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こんにちは、前回に続き鉄道ネタ
(時代が変わるとちょっと話変わります でお届けしたいと思います。

日本の新幹線といえば、ホットなのは北陸新幹線でしょう。
金沢ー東京間の往来が活発になったのが皆さんの記憶に新しいです、次に2023年に開業を目指している敦賀市・福井市あわら市・小松市を通るエリアに注目です。
個人的に思うのは、滋賀に久しく暮らしていて近畿の最北端の我々は従来、北に行く選択がなかったことです。この概念が変えないと開業も意味がありませんね。3カ月ほど前、新聞で福井県の予算案の新聞を見かけました(印象としては選択と集中が多く、事業の損切や新規へ取組みと動きのある令和2年の案でした。 彦根市もそうですがビッグイベントに対しての並々ならぬ意気込みを感じました、とはいえ地元の予算さえもイマイチぴんと来ません。
でも応援したい気持ちは変わりませんね!

北陸新幹線の延伸の肝となるのは、関東や金沢からよりも近畿です。なぜなら新幹線を3時間以上乗るのは一般的な感覚にはないからです。関東ー東北間もそれほどの距離はないでしょう、西日本からのアプローチに注目したいです。(台湾の延伸は地元民が猛反発しています。
福井は彦根・米原・長浜から目と鼻の先ではありながら、多くの人が訪れぬまま、滋賀止まりも多々。無論、京阪神からは草津・大津止まりで、湖北まで足を延ばす人は少なからず。

とまあ、現代の交通網をみるとこんな感じです♪

本日のテーマ ”路の変遷” です。
長浜駅舎をせっかくみたので、少し視点を変えてみましょう~
意識したことはありませんでした。200年をさかのぼると、新幹線でみかけられた人の移動は、逆になります。

旧長浜駅は、かつて陸路・水路をつなぐターミナルでした。いまも敦賀から鮮魚が届けられる町です。
海からの食材はみな長浜を通って、大阪や近畿圏に届けられていきました。(一部は京都北部を通ります
『北前船』はという、中学高校社会で学んだ右回りの廻船は、小樽から敦賀間を水路で、魚を運んでいました。敦賀港に水揚げされた品々は、長浜駅から鉄道で、近畿の各地へ運ばれていったのでしょう。

古いトンネルが作られたのも北陸です。主要な道で運ばれたのは、米や小麦・砂糖・鉄鋼などの民族にはなくてならないものばかりです。自動車が一般的になり、日本のあちこちにトンネルは掘られ、いまや高速道路は全国に整備されています。
何がいいたいかというと、現代は列車は人を運ぶのが当たり前です。
たった200年もたたないうちに、鉄道はエネルギーや食糧から人を運ぶようになりました。

北海道新幹線も北陸の次に、記憶に新しい新幹線です。
一度は口にしたことがある地名『十勝』も、明治時代(1868年~)になり農耕が盛んになって、150年前の十勝平野近郊には鉄道が走りました。いまは陸路が発達したので、国鉄や十勝鉄道は廃線となっており、そこにJRの停車駅はありません。
この町では近代の農地改革といってもよい、その時代からビートという、砂糖の主原料が栽培されました。これを運ぶのに、かつて機関車は煙を蒸かし大草原を横断していたのでしょう。

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